ソフトな提言・・・
 提言(こう考える・・・)

2014年06月08日


是非、この思いを関係者に届けて欲しい。



















地方再生を考察する・・・・
「狭山市水富地区の広瀬神社春秋の例大祭に絡み」
大神輿を用いた故郷(ふるさと)再生とまちづくりそして、まちおこし。
人と人が結ばれる場を創造するということ。

「幸福指数日本一」の市を目指し、各種イベントの企画及び、各種団体との連携、協働を図り、
狭山市のためにより積極的に「主体的市民」を増やし、「狭山市をおもしろくする」ための交流
の場として行う。・・・を綱領に、各種の研究会、プロジェクト、提言、イベント企画等を行ってお
ります。現在、会員はSNSも含め350名(9/10現在)の在籍がございます。



 私自身といたしましては、狭山市及び故郷である水富地区、特に旧広瀬地区の今後のグラ
ンドデザイン化がされて無く、またそれをする人も、する環境もない現状に憂いております。少
子高齢化の中、今後確実に、狭山市は破綻地方公共団体に属し、市内では、限界集落とまで
はいきませんが、限界地区(自治会も含め)が多数発生することは必至と考えています。 当
市においては人口の減少に歯止めが掛からず、頭を抱えている次第です。30年前にまさかこ
んな事になるとは誰も予想できなかったことです。それは、当初からグランドデザインをしっか
り行って無かった故の悲劇と言えます。ご承知のとおり、「狭山市駅西口開発事業」は大失敗
に終り、今後財政運営がより厳しくなります。その失敗の責任を擦りあっているのが現実です。
 そこで、当会としての「狭山市入間川北部地区(水富・柏原)近未来グランドデザイン研究会」
を立ち上げ、各種のプロジェクト(今後PJと表示)を実施していく所存です。 まずは、先般開
催した、「入間川に鯉のぼりをわたすPJ」です。これは、狂言「入間川」の研究会の中で、当地
に史実として残る「清水冠者義高の悲劇」から830年忌の供養として行われたものです。市民
PJとして、新聞等マスコミにも大きく取上げられ話題になりました。今後は、それに纏わる「影
隠し地蔵」を供養管理してくださっている、根山自治会にも参加打診し、大いに中世期のこの
入間川河原で起きた出来事に興味深々。話に花が咲きました。来年に至っては、市民の皆様
方より箪笥や押入で眠っている「鯉のぼり」をいただき、ゴールデンウィークの1週間、入間川
に渡そうと計画しております。
 入間川地区水富地区が橋以外に結ばれることになります。その節のご協力もよろしくお願い
申し上げます。

この期に、当会でのご提案をさせていただきました。
 「廣瀬神社秋季例大祭を向こう3年間かけて大きなイベントにしよう!」という企画です。ご存
知かとは思いますが、入間川の八幡神社において夏季例大祭の際、大神輿(百貫目)を入間
川町内に巡行させております。しかし、数年前までは町内の若者が担ぐというより、他都県の
神輿担ぎ同好会により、それを行っていました。もちろん狭山市内の神輿同好会「若狭会」を
中心に行っておりました。参加人員は100名前後のため、大変辛い巡行でありました。そして、
3年前旧入間川の若者達が自らが神輿を挙げようと声を発し、現在では、250名の地元の担
手を集めるまでに至っております。また、神社を始めとし、経済効果もかなりあり参加者は大変
喜んでおります。何よりも嬉しいことは、若者がより地元意識を持ちそこに定住し、子育てを行
う連鎖が繰り返されることと、地域間の結びつきがより広く強固になった点です。そこが、主体
的な市民の集まりになれば、地域のグランドデザインは出来てきます。行政に頼らなくても、そ
の地域で自立できる仕組みさえ造れば何ら問題はないのですが、しかし、我慢と時間と、高い
ハードルを跳び越えないといけないことは覚悟しなければなりません。
 水富地区には他地区に比べ、廣瀬神社を始めとし、多くの歴史的な建造物、史跡、文化風
習が現存しています。「灯台下暗し」とでも言いましょうか。そこに生まれ育ち、暮らしている人
間はそれらが、あたりまえの環境としてみているため、なかなか価値を見いだす事が出来ない
のは必然です。言わば、「多くの宝の山をもっているのに、その宝をうまく生かし切れていな
い。」と言う点です。これらについてもグランドデザイン化するのにとっておきの素材になりま
す。
 根岸、広瀬地区の人口低下に伴い、我らが母校「水富小学校」の廃校が持ち出されておりま
す。このように、現状のままで進みますと、行政は無慈悲にも歳出をカットすることは必至であ
ります。現に、あの歴史ある「入間小学校」も廃校になり、次は「東中学校」です。その次に「水
富小学校」の順になっていると聞いています。これは断固阻止しなければいけません。私たち
の母校をいとも簡単に廃校にし、手放すわけにはいきません。

 さて、話を本題に戻します。「廣瀬秋季例大祭」に若者を大勢取り込み神輿を挙げるPJで
す。私自身、これまでに各地の例大祭を廻り、延べで2百以上の神輿を担がせてもらい、数多
くの経験をさせていただきました。それをベースに大変、僭越ではございますが、ご提案いたし
ます。

以下、提案内容

1.神輿の宮出しから宮入れ(町内巡行)は、最初から最後まで行っていただきたい。
 神社から各自治会(部落)のリレー方式ではなく、担手全員が宮出前に神社に集い、神主よ
り安全祈願のお祓いを受け、御霊を乗せる命をうける。この儀式がないままでは、不浄な身体
で神輿を担ぐことになる。

2.各自治会の振る舞い(酒、料理等)は簡素にし、歳出の減少をはかる。
 担手の人数にもよるが、各自治会の振る舞いは極力、少なくし、直来(なおらい)は宮入後、
神社で行い、(屋外で十分)その後の行動は各自にまかせる。(ここで、世代地域を越えた地
元の交流が始まる。) 

3.担手の格好は、神輿半纏に統一を図る。
(古くより決められたものがあればそれを優先する)
 これは、神社名もしくは各自治会名(旧部落名)で作り、地区で競わせても面白い。半纏以外
は、神輿を担ぐための格好であれば自由とする。
(例)神輿半纏 鯉口 半股 股引 締込み ダボ上下 白足袋等自由選択とする。
神輿半纏の価格が高額なため(1万〜1.5万円前後)ある程度の、自己負担をお願いする。す
ると、その半纏を大事にし、毎年担ぐようになる。半纏以外の衣装代の出費が抑えられ、面倒
なサイズ等の取りまとめや説明がいらなくなる。毎年、担ぎ手が増え半纏が必要となった場合
は追加製作する。これにより初年度は多少の出費はやり繰りしていただき、翌年からの全体
での歳出が、かなり減ることになる。

4.神輿の担ぎ棒を長くし大勢が担げるようにする。
 担ぎ棒を長くしタテ4本。ヨコ2本(補強用)にする。現神輿は担ぎ棒が短く、安定性に欠ける。
少人数で担ぐため体力的負担が大きい。ヨコ棒の2本がタテ棒の下を通っているためより担ぎ
にくくなっている。尚、神輿の形態が変えられないにであれば、原形はそのままにし、担ぎ棒を
縄で結ぶやり方もある。

5.巡行にあたっての、神主 神社役員の同行は無論であるが、神輿の巡行を指揮するもの
がいないため、各所で混乱が発生していた。(一昨年、全ての地区を廻った時のこと)
 こればかりは、誰がやっても出来るものではなく、経験者に任せることが寛容かと考える。
 
 以上、大変長々と熟読いただき感謝申し上げます。また、詳しい話が直接聞きたい旨のご要
望がございましたら、いつ何時でもお伺いする用意がございます。ご連絡いただければ幸いで
す。

  西野 匡 拝見させていただきました。10年しか水富に住んでいませんでしたが愛着を持っ
ています。確かに西口の駅前の再開発は現時点では成功していないようにみえます。水富周
辺は逆に変に再開発の手垢がついていないだけに今後水富らしい良い形での地方再生を願
います。







「基地保留地に自衛隊病院が出来る???」

指摘投稿




9/19(金)朝日新聞朝刊埼玉版によると、「入間基地内に隣接の保留地に自衛隊病院と大規
模災害時の拠点施設の設置」の検討を入間市幹部に防衛省より打診があった旨が伝えられ
ている。
この新聞記事の表面上は見出しのとおりであるが、「狭山市民」としても、切実な問題になる。
入間基地は狭山市と入間市にまたがる戦略防衛の主要基地とされており、今回は入間市側
の保留地と記してあるが、基地には境界線がなく、一体のものであると考えていい。この場合
入間市で起こることは狭山市も同様である。「自衛隊病院」とは?「大規模災害時の拠点施
設」とは?全部完成した後、知りませんでした。連絡がありませんでした。のポンツク的回答で
は困る。同時に近隣市町村への説明も求めるくらいは、必至でなくてはならない。当然その後
の対応はきちっと行っていただきたい。
「オスプレーは当基地には来ないから?!」なんてのん気な事をいっている市議がいたが、隊
員のほぼ100%は間違いなく飛来すると言っている。
問題は、国際情勢と日本を取り巻く認識と基地がある地方公共団体の先を見る目でもある。
最後にこの面積28haもあり、市立智光山公園の半分を上回る規模にもなる。埼玉県、入間
市、狭山市共通の認識が欲しい。
たー

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